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赤壁古戦場

赤壁古戦場観光

 

湖北省武漢へ靴ら読む

 

武漢市は、三国志の舞台として多くの史跡や遺跡が残る観光名所でもある。
中国では、東漢時代の末期、魏、蜀漢、呉の3つの国に分かれ互いに対立

していた。この時代が三国時代(180年頃−280年頃)と呼ばれ三国志は

この時代の歴史を述べた歴史書だ。

 


三国時代の黄武二年(223年)呉の孫権は黄鵠山の川の側に夏口城を築き、

大部隊を配置したため周辺に商人が集まり都市が形成された。この場所を

孫権が「武運昌盛」の意をこめて武昌と命名したと伝わり、その内に造っ

た展望楼が現在の観光名所「黄鶴楼」だ。

 

 

三国志の名場面「赤壁の戦い」は、のちの魏の礎となった漢の丞相の曹操

が、北部を平定した後、南部も制圧するた大群を率いて領土拡大を図った

ことで起きた。曹操の攻撃にて孤立した蜀漢の劉備は軍師の諸葛亮(孔明)

を、呉の孫権へ使者として派遣した。孔明は孫権の総司令である周瑜と意

気投合し、2つの勢力は共に曹操と戦う同盟を結ぶ。孫権は周瑜・程普ら

数万の水軍を劉備の救援に派遣し、長江を下る曹操軍と「赤壁」で一戦を

交えることになった。孫権・劉備軍は、孔明が追い風となる東南風を予測

し「火攻め」により、3万の兵力で30万の兵力の曹操軍を撃破した。

 

 

これが三国志の中心史劇として多くの文学、演劇、映画でも語り次がれて

いる「赤壁の戦い」だ。吉川英治の「三国志」は歴史小説として、面白く

ジョン・ウー監督の映画「レッドクリフ」で一躍有名となった。

そんな赤壁観光に行くことになり、これだけでも武漢にきた甲斐がある。

 

 

武漢が三国志の舞台であることは知っていたが、さすがに赤壁までは行け

なかった。今回、湖北大学教授の好意にて行けることになり嬉しい限りだ。
とは言っても、赤壁の戦いが実際にはどこで行われたのかは武漢より上流

と言うくらいしか知らなかった。調べてみれば赤壁古戦場は武漢市の南西

直線距離で約105kmほどの湖南省との省境にある湖北省赤壁市にある。

高速鉄道でも最寄りの駅「赤壁北」まで行けるようだが、車で2時間ほど

の距離らしく、遅い朝にホテルまで迎えの車が来て出発だ。11月にはめず

らしい晴天無風の観光日和にも恵まれ幸先も良い。

 


高速道路を1時間ほど走り一般道に降りてそろそろ到着かと思っていれば、

突然脇道に入りどこへ行くのかと思えば、田舎の食堂で食事をするらしい。

自家取りの農作物や魚を調理し出す店があるようだ。ところが、最初に入

った店は調理人がいないため食事ではなく山に入りミカン狩り、日本で言

う観光農園だ。農薬は心配だったが食べてみれば思ったより甘いミカンだ。

 

 

思わぬミカン狩りを早々に引き上げ、山道を行き次の店を探すと、湖畔に

人だかりのする店を発見。こんな場所のひなびた店に中高年の多くの客が

いるのにも驚きいたが料理は美味く、高級料理より口に合うかも知れない。

 


昼食の後は、山道を戻り赤壁古戦場へと向かう。道幅だけ広い田舎道を行

くと、突然広い駐車場に着く。赤壁古戦場は、テーマパークとなっていて

駐車場の向こうには巨大な城門があり、その前には中国らしく広〜い広場

がある。その広場に観光客は数人しかおらず閑散としている。聞けば10月

の国慶節の休暇には混雑したが、それ以降は観光客は少なく、日本からの

観光客も少ないようだ。空いているのは幸いであり、ゆっくりと見ること

ができる。

 

 

早速、城門入り口から入場すると正面に現れるのが巨大な神武台が現れる。

幅26m、奥行8m、高さ12mのステージで、銅製の壁には虎の絵が彫られ、

この神武台の上から周愉が兵士の訓練をチェックしていたといわれ、赤壁

の戦いの前夜に、孫権・劉備軍の兵士たちが生死の契りの儀式を交わした

と伝えられている。

 


神武台から左手に向かうと、広場に演舞場があり、観光シーズンには周瑜

や諸葛孔明による閲兵式や演劇が催されるようだが、今は閑散としている。
広場の奥には、船着き場があり左右の城壁と、正面の城門に往時の水軍の

模様が想像される。冷めてみればよくこんなテーマパークを造ったな思う

が、赤壁の戦いを思うには十分であり、こんな巨大施設を造れるのはさす

が中国だし、閑散でも経営破綻しないのが中国だ。

関羽

張飛

孔明

 

広場から、いよいよ場内散策ルートに入っていく。先ずは鐘鼓楼があり、

その奥には財神殿がある。財神殿に奉られているのは関羽、張飛、孔明の

三人で、主人公は商売の神様と知られる関羽だ。関羽は武将としても有名

だが、義に厚いとされる事から財神、商売の神として中国を始め華僑によ

り世界中の中華街に関帝廟として祭られている。

張飛ガンダム(正面)

(後面)

 

ただ、鐘鼓楼の前にドーンと構えるのが張飛を模したガンダム?。これは

いらないだろうと思うが張飛ガンダムキャラもあるようで、こんなものも

造ってしまうのが中国だ。商標問題はさておき、史実と空想の英雄を一緒

にしてしまうところが???。

 


張飛ガンダムに圧倒されたところで長くなったので一休み、続きは赤壁兇如
 

うぉータン | 中国 | 12:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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