インド水事情

インド事情

 

 

 インドは、日本の約9倍の面積を持ち、北は雪に覆われたヒマラヤの高地から、

南はヤシの木が繁る海岸線まで、ベンガルタイガーやインド象の生息する森林や、

ラクダが行き交う乾燥した砂漠など、多様な生態を有する広大な亜大陸国家だ。

 この大国インドは人口は既に13億人を越えもうすぐ中国を抜き世界一に、国連

まとめでは2050年には人口16億人と予想されている。

 近年の経済発展により2017年名目GDPはフランスを抜き世界6位となり世界

で最も有望とされる国家の1つで、世界情勢不安の中でも成長が止まらず新興国

BRICSの中でも優等国だ。日本との関係も良好で、多くの日本企業が生産拠

点あるいは市場として進出している。

 


 そんな大国インドだが、日本においては地理上では知っていても関わりも少なく

ほとんど知らないと言って良い。インドで思いつくのはカレー位で、メディアによ

る経済・紀行番組や観光情報では、インドの良い点ばかりで内情は解らない。
 発展めざましいインドだが、ご多分に漏れず経済発展と共に環境破壊も深刻化し、

国際報道にて頻繁に伝えられるようになった。2016年世界保健機構WHOの世界

大気汚染都市ランキングでは、トップはイランのZabolであったが、2位と3位は

めでたくインド都市、ベスト20都市中インドの10都市がランキングされるほどだ。

 因みに、汚染大国中国はBest20都市中3都市で、他はサウジアラビア等の産油国。

もっとも、中国データの信憑性は??なので、疑わしい。

 


 生命の源である「水」の環境破壊も深刻だ。インド政府政策策定機関「インド行

政委員会」の報告書では「史上最悪の水危機」と表現され、現在6億人が水不足に

直面し、清潔な水を確保できないため毎年20万人が死亡しているようだ。

 インドの水の約70%が汚染されていて下水整備が進んでいないことから、廃水の

3分の2が未処理のまま河川や湖沼、地下水などに直接流入し、水質汚染が拡大し

ている。

 


 環境汚染は、途上国の共通課題ではあるが、インドにおいても人口の都市集中に

よるゴミ・廃棄物増加に収集運搬と、焼却処理あるいは埋立処分能力が間に合わず、

人々のゴミ排出方法の不徹底、美化意識欠如により、街角や河川はゴミため化する。

河岸にはPPやPEの袋や容器がは溢れ、今さら先進国でストローだけを無くしたとて

どうなるものでもないだろう。

 

 

 日常の料理や洗濯からの生活排水、し尿は未処理のまま近傍の河川へ垂れ流され、

水中の酸素は消費尽くされ硫化水素やメタンが発生する等、もはや生物は死に絶え、

藻類も発生できないほどの黒臭水となっている。そして、人々はその畔で、力強く

生きている。

 


 水質汚染はインド全土に広がり、汚染被害が顕著なのが、ヒンドゥー教が聖な

る川として崇めるガンジス川で、生活排水や工場排水、火葬された遺体や遺灰が

そのまま流されている。

 ガンジス川プロジェクトへ

 

 

 ヒンドゥー教徒は、ガンジス川の水が全ての罪を洗い流すと信じているため、

この川で沐浴を行っているが、もはや水を浴びれば洗い流すというよりは、汚染

されてしまうだろう。そして、インドでは40%以上の人々が屋内にトイレが無く、

屋外で排泄しているため汚物、汚水が未処理のまま放流され、水質汚染が進行し

てしまう。

 


 こんなインドから従来よりネットを通じて、水質浄化に関する問合せが度々あ

ったので、いつかはインドへとは思っていたが、遠地であり現実感はなかった。

しかし、ついに昨年インドから直接来訪者があり、水質浄化への協力を依頼され

ると、傍観者でもいられない。
 何せ、目指すは「世界の水質浄化」なのだから。。。。

 

 

 そして、インドより正式に招待状が届き、いよいよのインド訪問となった。当初

はインド政府大臣面談やガンジス川プロジェクト開始イベント等が計画されたが、

日程や準備が整わないため、とりあえず行って現地視察し現状を知ることを主目的

とした。

 活動拠点として、南インドの東側ベンガル湾に面するタミル・ナードゥ州の州都

チェンナイにNGOジャパン・ウォーター・ガードのインド支部 Japan Water Guard

- India Chapter を設立し、その発足式典も行うこととなった。

 

 

 なぜチェンナイか?と言えば、最初に日本に会いに来たのがチェンナイ人だった

ためだが、チェンナイは旧マドラスといわれ歴史ある港湾都市で、人口約500万人、

インド有数の世界都市で、南インドの玄関口と言われる。自動車産業や情報技術産

業が盛んなため日本とのかかわりも深く親日的であることから、活動開始の適地で

あろう。

 

 

 今後活動の活発化と共に、首都Delhiや西部大都市Mumbai等にも支部設置を目指

したい。
 そんな、初めてのインド訪問を記憶と記録のためにブログに書き残すことに。。。。

まずは、今回序章として、次回からインド視察のご報告と水に関わる諸事情を!

 

『史上最悪の水危機』をどうしたら解決できるのか? 良い方向に向かえるのか?

甚だ疑問でもあるが、インドの人々の純粋さと環境を思う気持ち、そして自らを信

じて、まずはできることから始めましょう!!

 

皆さん、ご協力を!!

 

 

うぉータン | 水辺散歩 | 12:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

陛下、お濠の水が!!

 

まだ まだ汚れています!!

 

 

「陛下、お濠の水が汚染されています」と、弁護士で文筆家でもある清水政彦氏が

文藝春秋2008年12月号に寄稿し、お濠の水質悪化に驚かされたのは記憶に新しい。

 

 

そして、氏より直接連絡があり、お濠の水質浄化活動を協力して行うことになった。

当時、2016年オリンピック招致を東京都が目指していたため、それを契機に水質浄

化活動を始めようと企画し、有名芸能プロダクションから協力を申入れられ大いに

盛り上がった。多くの有志や文化人に参加を促し、同じ作家である当時石原慎太郎

知事を動かし、活動開始することとし、オリンピック招致決定が待たれた。

しかし、残念ながら開催地はブラジルリオに決定し、東京都は落選してしまった。

そして、「皇居お濠水質浄化作戦」は活動主旨・原資が得られなくなったためか、

沈静化してしまった。当時のことを思うと、オリンピックとは関係なく活動を開始

するべきだったと反省しているが、これも我が身の未熟と実行力の無さと思う。

 


あれから10年、東京都は次のオリンピック誘致に成功し、2年後の2020年には

東京オリンピック開催が決定している。前年の2019年には東京を中心にラグビー

ワールドカップも開催される。しかし、日本の首都東京、そして日本の象徴である

天皇の住まわれる皇居のお濠の水質は、一向に改善されていない。

 

 

皇居外苑濠は、ご存じ徳川幕府居城として江戸城築城時に自然地形を活かし築かれ、

水源として江戸へ飲料水供給するため築かれた玉川上水の余水が供給されていた。

玉川上水は、江戸の6上水の一つで、多摩羽村から四谷までの全長43kmが1653年

に築かれた。今でも一部は、東京都水道局の現役の水道施設として活用されている。

飲料水・産業用水確保や排水処理等のインフラ整備が都市発展の基盤であり、徳川

幕府と江戸市中の発展は、これら上水施設により成されていたわけだ。

 


明治以降、都市近代化によりお濠は埋立や分断が行われても、玉川上水から水補給

は継続されていた。しかし、昭和45年に西新宿にあった淀橋浄水場が廃止されると

玉川上水からの水供給は停止されてしまった。結果、皇居お濠は都心の閉鎖性水域

となり、蒸発や漏水等による減水を補う水供給は、降雨に頼らざるをえなくなった。

 


そして問題は、都市整備による下水道建設で、当時いち早く皇居周辺に建設された

のは合流式下水道管路だった。合流式下水道は、し尿や生活廃水と雨水を同じ管路

で下水処理場に排出するため、下水管1本を設置すればよく工期短縮や工事費低減

となり、初期の都市下水には多くみられた方式だ。しかし、台風や豪雨時の大量水

の排出には対応できない欠点がある。その欠点を補うのが「吐け口」で、大雨の際

には呑み込めない水量を自然水域に排出するものだ。皇居周辺の合流式下水道吐け

口はお濠にあり、大雨の際にはお濠に汚水が流入する仕組みとなっている。

 

 

つまり、丸の内・大手町のビジネス街や、霞ヶ関・永田町の官庁街から排出される

下水が日常的に皇居お濠に流入しているのだ。大雨の日に、多くのビジネスマンや

官僚がトイレで排出した小便・大便は、そのままお濠に流出しているわけだ。近年、

頻繁に発生するゲリラ豪雨の際には、大量の汚染物質が雨水と共に流入している。

 

 

皇居外苑は公園としても親しまれ、四季折々の楽しみがあり、桜の季節には千鳥ヶ

淵には多くの花見客が集う。その桜の名所千鳥ヶ淵南端にも吐け口があり、容易に

歩道から見ることができる。

 

 

皇居お濠は、内部は天皇のお住まいであることから宮内庁、お濠は環境省、外部の

下水道は東京都と所掌が異なることに特異性がある。もちろん、各々の機関が何も

やっていないわけではない。東京都は下水道整備を行い吐け口よりの汚水流入防止

をしている。直接お濠を所掌する環境省は「皇居外苑濠水質改善計画」を立案し、

対策を行っているが、その成果は現状を見ても確認できない。省庁には水質改善の

知見や技術があるわけではないため、官庁意向にそう御用学者と自社設備を売りた

いだけのプラント企業が考える対策では浄化効果を期待するほうが間違いだろう。

 

 

実施されている対策内容は直接的水質対策として、懸濁物(SS)除去のため凝集分離

ろ過設備を稼働させ、大手町民間ビル地下にも浄化設備が設置されているようだが、

お濠全水量を処理することはできない。大量発生する藻類アオコを単純に物理的に

除去することは場当たり的で根本的解決ではない。大切なのは、アオコを大量発生

させないことで、そのために何をするかだ。

 


お濠の水底に堆積した底泥(ヘドロ)対策として”カイボリ”をしている。底泥には、

有機物や栄養塩が含まれ、嫌気状態となれば硫化水素やアンモニア等が生成され、

溶出すると水質悪化の原因物質となる。そのため、底泥除去・改質は水質改善に効

果的だが、その方法が”カイボリ”では面白いが、水質改善効果は少ない。

 

 

カイボリは、水を抜いて水底を大気に露出させ日干しにするものだが、底泥除去を

ともなわないカイボリは、大きな水質改善効果はない。最近TV東京バラエティー

で「池の水を全部抜く大作戦」が流行っていて、東京都等も便乗している。しかし、

カイボリは水入れ替えによる一時的浄化や外来魚駆除には効果的だが、在来種等生

態系へ悪影響もあり、長期的水質浄化には大きな期待をしない方が賢明だ。やはり、

安定した水質浄化効果を求める底泥対策は底泥浚渫除去するしかない。

 

 

2020年東京オリンピック開催が決定し、海外より東京を訪れる観光客が益々多く

なる。観光を経済活性化の国策とするならば、日本観光の大きな目玉となるであろ

う皇居お濠の水が汚れていては、美しい日本とは言いがたいものとなってしまう。

東京駅から真っ直ぐに伸びる美しく整備された道を行けば、日本のシンボル皇居が

現れ、取り囲むお濠の水がアオコ繁茂する汚濁水ではなく、美しい清透水ならば、

訪れる観光客も改めて日本の素晴らしさを感じることだろう。

 


皇居周辺には、国内外からの観光客だけでなく、外周を走るランナー、大手町や丸

の内のオフィスで働く日本を代表する企業の面々、政治家や官僚がいるはずだ。

ぜひ、自己、自社利益を追求するだけでなく、国や行政、他者に頼るのではなく、

自ら日本のシンボルである皇居お濠の水をキレイにしようと立ち上がって欲しい。

そして、皇居お濠の水質浄化活動から始めて、日本全ての水域を浄化させたいもの。

 


来年は平成天皇が退位し、めでたく皇太子が新天皇に即位することが決定している。

新元号とともに明るい未来となるよう、先ずは皇居の水質改善を成したいものです。

一緒に水質浄化活動を始めましょう!!

 

 水質浄化大作戦   日本水キレイプロジェクト

 

うぉータン | 水辺散歩 | 12:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

2018年の初めに

年の初め

 

今年の冬は、ラニーニャ現象からか例年になく厳しい寒さが日本列島に訪れている。

シベリア寒気団は日本海地域に大雪を降らせ、雪の正月となった地域も多いようだ。

世界的にも、北米で発達した寒気団は、米国東海岸に猛烈な大寒波をもたらしNY

では非常事態宣言が出された。Manhattanに住むSonからの情報では新年早々猛吹

雪が続き、最高気温も氷点下が続いている。凍え死なないことを祈りつつ、冬は寒

いものと受け入れて、もうすぐ訪れる暖か〜い春を待ちつつ、力を蓄えるしかない。

 

 

寒い新年だがいくら寒くても身体は温かく、気持ちは熱くありたい。寒さなんかに

負けてはいられない。そのためには心身健康が一番と、先ずは神頼みに初詣に行く。

赤城神社

 

今年一年家族一同が健康でいられるよう、年始には近所の神社を一回りした。神々

に家内安全、商売繁盛、世界環境改善を祈ったが、神様だけに頼ることもいかない。

健康で健全な心身鍛練のため寒気にめげず、仕事始めから自転車通勤を続けている。

夜明け前の出発は、利根川を渡る頃日が昇り始め、朝日を浴びやがて体が熱くなる。

どんな寒さも苦行も試練とし楽しみに変えれば、きっと今年は良い年になるだろう。

 

 

混沌する世界情勢は、今年がどんな年になるかは解らないが、少なくても自分にと

って良い年、面白く充実した年としたい。結果の善し悪しは、誰のせいでもなく自

己の決断・行動によるものだ。常に冷静な判断と体力を維持して立ち向かうことし

かない。昨年は、プライベートでは身内に不幸があり振り回され、事業面に好材料

は少なかったが、無事新年を迎えられたのだから、いつまでも囚われていられない。

竪町神明宮

 

 

今年はきっと良いことがあると信じて、諸事速やかに柔軟にこなし、喜び悲しみを

力に変え、やるべき事業に立ち向かうことにしよう。今年やるべき事は特別な目新

しいことではなく、世界の環境改善事業をいかに継続し発展させるかだ。

 

 

厳冬の澄み渡る青空や清流を見ていると、日本では環境汚染はもはや過去のものと

思いがちだが決してそうではない。日本では、高度成長時に発生した公害問題を、

規制強化や環境技術進歩により解決して、多くの河川や湖沼、海洋は浄化されたが、

新たな環境問題が生じ始めている。世界を見れば、環境汚染は進行するばかりだ。

前橋東照宮

 

 

先進国から文明移転され工業化し、さらに市場化された多くの国は、雇用や経済的

豊かを手に入れることはできた。しかし、法規制や環境対策は施さないため環境汚

染は深刻化するばかりだ。経済的な豊かさの代償として、森林は伐採され、未処理

の汚水が垂れ流され続け、生態系は破壊され豊かな自然環境は犯され失われていく。

前橋八幡宮

 

経済的に豊かになり美味いものを食らい、便利な世の中となっても水や空気が汚染

されていては、本当の豊かさとは言えない。科学技術の進歩は、人類に便利さや快

適さを与えてくれたが、未だ環境汚染を解決することはできない。まったく、何の

ための科学技術なのか解らなくなってしまう。既に進歩史観は間違いだと気づいて

いるはずなのに、今なお科学者は進歩のみを是とし、産業界は利益追求が最優先で、

政治も目先の有権者利益により方向性を変えられない。いくら人工知能が進歩して、

自動運転や便利な家電が開発されても、環境汚染を改善することすらできない。

 


豊かな自然を有していた途上国は、先進国に資源を提供することにより物質的豊か

さを容易に得る事ができたが、代償として環境負荷が増大して汚染が進行している。

いち早く経済発展した新興国BRICSでは、もはや取り返しの付かないほど環境

が破壊されている。そのBRICS諸国からは、直接相談や引き合いがあり、環境

対策の事業化が始まっている。環境破壊は全ての国で起こっているが、経済的負担

ができない貧困国では環境対策を行う事ができない。そのため、先ずは費用負担で

きる新興国から環境改善事業を行うしかない。

 

 

今年は環境改善事業が発展し、世界の水環境が改善されることを願い頑張ろう!!
それでは、次回は情報を整理しつつ各国水事情を深堀りしてみることにしよう!!

楽しみに??

 

うぉータン | ちょっと言わせて | 14:00 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |

9月の連休は騒々しい

日々喧々騒然

 

 

やっと秋晴れの良い天気になったと思っていたら、台風18号の襲来でせっかくの連休が

騒がしくなった。土曜日に東シナ海からゆっくり本土に近づき、日曜昼前に九州鹿児島

に上陸、西日本に大雨を降らしながら日本列島を縦断、今朝には東北から北海道へ接近

している。住いする北関東も土曜日夕刻から雨となり、日曜日は一日中雨模様だった。

そして、今日は台風一過の快晴だ。

 

 

被災された各地の皆様にお見舞い申しあげます。北関東ではいくつかのイベントが中止

となったくらいで大きな被害は無くホッとしている。台風被害を避けるには、災害発生

しそうな場所に行かない、居ない、住まないことが賢明だろう。万が一住んでいたら、

早く避難するか不要不急の外出はしないこと。増水河川、決壊しそうな堤防、急傾斜地、

谷津と災害発生しそうな場所に近づかない、君子危うきに近寄らず、危険予知が重要だ。

せっかくの3連休行楽にでもと思っていたが、危険予知により中止し、しかたないので

できる範囲の仕事をこなし、今日はブログを走り書き。

 

 


ここのところ台風や大雨による洪水、土砂災害が甚大となり、昨今の地球温暖化の影響

だとも言われているが、水災害は古くから再三発生してきた。平成3年に日本縦断した

りんご台風”により各地に大被害が出たのは記憶に新しく、70年前に“カスリーン台風

が関東地方の利根川・荒川の堤防を決壊させ多くの死者が出ている。

 

 

台風や大雨、地震等の自然災害は、天空からの太陽光、地球内部の地殻変動やマグマ、

それらが起因する風や海流、海水温変動により引き起こされる。何が直接原因なのか、

何時、どこで発生するか解りづらく、自然を制御できないとすれば、いかに順応して

いくかだろう。

古来より人類は様々な地球変動、気候変動に対応してきた。できる限りの対応をして、

それでも発生する被害は受け入れるしかない。

 


台風が通過すれば、大気中の不純物を一掃して台風一過の晴天とともに、本格的な秋を

運んでくるだろう。雨は天からの恵でもあり、大地を潤し、動植物の生命の源となるの

だから、悪者にはできない。台風一過の秋には、豊かな水により育まれた美味しい秋の

味覚も与えてくれるのだから。

 

 

空から降るのは恵の雨だけではなく、ひょっとすると北からのありがたくない代物も落

ちてきそうだ。連休前15日の朝方にけたたましく鳴るJアラートに驚かされた。北朝鮮

が今年14回目となる弾道ミサイルを発射し、北海道上空を通過し太平洋上に落下した。

Jアラートは前回(8月29日)弾道ミサイル発射の際にも鳴ったので、いくらかは驚き

が小さかったが心穏やかではない。15日朝7:00には、職場にてメールチェック、返信を

書いているところだった。どこかで、何かが鳴っていると思い見回すとリュックサック

の中のスマホから、ひょっとしたら、またか?と見れば、やはりJアラート。

 

 

スマホ文面は、北朝鮮のミサイル発射を伝えるもの、我が身に被害は無いと思いつつ、

ちょっと緊張して、万が一の心の準備をする。具体的なとるべき行動は以下の通り。
・可能な限り頑丈な建物か地下に入る
・窓を閉め、ガス・水道・換気扇を停止
・窓から離れ建物中央に移動
・伏せて頭を守る、耳を塞ぐ
・肌を露出しない
・情報収集(ラジオを聴く、Net、TVを見る)
・まぶたを閉じ、閃光を見ない

 


Jアラートや避難訓練を大げさだ!具体性がないと、何んでも政府批判のリベラル左派

の輩がいるが、もしもの備えは危機管理の基本であり被害を減らすためには必要だろう。
前回のJアラートの際には、どこへ隠れるんだ?頑丈な建物なんて無い!と戸惑う人が

多くいたため、今回はいくらか文言も改善されている。スマホの文面も前日に改善した

との報道があったばかりだ。北朝鮮だけでなく、陸続きの何をしでかすか解らないなら

ず者国家が存在するうちはJアラートも重宝だ。だが、できることならばより早く目標

コースを検知して北海道上空を飛ぶミサイルならば北関東では鳴らさないでもらいたい。

 


いずれの国も、直ぐに日本を攻撃するとは思えないが、北朝鮮は「日本を核弾頭で海に

沈める」と宣言しているのだから、万が一の備えはとっておくべきだろう。

世界の全ての国や人が、約束を守るリベラルで常識人ではないことは、既知の事実だ。

国連安全保障理事会が対北制裁を満場一致で採決したが北朝鮮の暴挙を非難しながらも

その黒幕かも知れないのが常任理事国の二つの大国だ。それらの国を悪者というのは簡

単だが、異なる価値観、政治・社会思想、文化を持っていることを認め共存しなければ

ならない。全ての国が生物多様性を守ると同様に人種・宗教・政治・社会思想の多様性

も尊重することだ。多様性を認めないのが二つの大国であっても、台風のように避難す

るのではなく、早く理解し合えるよう、こちらから近づき我慢強く説いていくしかない。

 

 

連休中もそんなこんなで騒がしく、本来ならば不要不急の外出はせず家でゆっくり過ご

すはずが、そうさせてくれないのも二つの大国だった。なんやかんやのメールが来て、

メール対応だけでも大変なのに、中国からは国慶節前に来てくれと緊急ご招待の依頼?

これも、お仕事、環境改善、国際親善と思い広東省深セン市へ1人で行くことにした。

 

 

早速、お彼岸連休に航空券を手配したが直近の航空券手配は高くて席がない。やっと

金曜日夕刻発−日曜日帰りのJAL香港便を予約、香港経由深セン往復2泊3日強行軍。

帰り便は最後の1席だった。

国内では、1議席を争う選挙が行われる気配もあり、連休の騒ぎは収まりそうもない。


中国の水質改善に貢献することを期待しての中国行き、これで今週の連休も騒がしい。

 

 

 

 

うぉータン | 水辺散歩 | 12:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

9月の休日はいい天気!

日々黙々徒然

 

 

9月もそろそろ中頃にさしかかり、やっと天気も安定し爽やかな陽光が降り注いでいる。

直射の日差しはまだ暑さを感じるが、吹く風は涼しさを運び、穏やかな時間が過ぎ去る。
この初秋の休日、雑事の後の昼下がりは木陰でのんびりワインを飲みながら過ごしたい。

 


とはいっても、どうも最近はゆっくり寝てもしていられないのが現実だ。時に朝方には

けたたましく鳴るJアラートでたたき起こされ、寝付き頃には地震警報で驚かされる。

ボーッとしていると、頭上には北から発せられたICBMが飛び交い、いつ日本に落下

してくるとも限らない。地震や洪水等の自然災害も、いつ我身に降りかかるか解らない。

災いは忘れた頃にやって来るのだ。そんなことで、久しぶりにできた空き時間を休むこ

となく、ブログを書き、現実を直視して、そろそろ社会復帰の準備をすることにしよう。

 


思えば、今年は何か慌ただしく、生活に余裕を持てず、日常と非日常が入り交じり調子

が狂ってしまった。梅の花が咲く春先に近しい人が亡くなったことも原因かも知れない。

2月に実父が、3月には義父と相次いで亡くなった。全ての生命には限りが有り、いつ

かは死が訪れることは解ってはいたが、いざとなると喪失感があることは否めない。

 

 

通夜〜葬儀から49日法要、納骨、そして8月には新盆と、一通りの子としての弔いを

行った。初めての弔事主催であり知識不足から十分だったとも思わないが、勘弁しても

らうしかない。初めて喪主を経験させてもらい、やっと人並みになれたのかも知れない。

これが、長男として生まれた責任であり、親から子への最後の教えととらえよう。長ら

く不仲であった父子関係が、昨年末からの老人施設入所、入院と僅かな期間であったが、

やっと歩寄り、いくつかの会話といくらかの世話ができたことがせめてもの救いだった。

思いや願いはあれど、胸にしまい耐えた人の生き方が、わが身のDNAとなり生き続け、

そして子らへと継続されるのだろう。

 


プライベートな事象にかまけている間にも、世の中は動き続けて待っていてはくれない。
世の中で起こっているのは、北朝鮮の若将軍様による暴挙や、米国トランプ政権の迷走

だけではなく、況してや日本の与党政権支持率低下や民進党崩壊、女性議員の不倫騒動

だけではない。まあ、政治や経済での問題解決は、喫緊の問題ではあるが何が正しいの

か優劣が付けづらく、先を見通せない不毛であり、その道の専門家に任せるしかない。

森友加計問題なんてどうでも良いし、国会議員の不倫騒動なんて週刊誌ネタでしかない。

 

 

自分でできることと言えば、確実に人類に危機をもたらせている地球規模での気候変動

による水の偏在や、地球温暖化、水質汚染等の環境問題解決への関わり合いなのだろう。

 

 

今年の夏は、7月の梅雨明け頃に猛暑となったが、8月は雨が多くて猛烈な暑さは無く

過ごしやすかった。反面、夏らしさは感じられずにどこか寂しくもあった。せっかく、

準備した庭先の子供用Poolの活躍が、たった一日の楽しみでしかなかったのだから、、、
過ごしやすい日本の夏は、暑さが苦手となった身には歓迎であったが、周りを見渡せば

そうも言ってられないい。日本国内では大雨による洪水や土砂災害が多く発生している。

 

 

地球規模で観ても、水の偏在により洪水と干ばつの被害が起こり、最近でも米国にハリ

ケーン“ハービー”や“イルマ”が襲いかかっている。中国の沿岸部にもいくつもの台風が

上陸し、大きな被害が出たようだ。おかげで、広東省深センでは、予定していた河川の

水質浄化項目の実施が怪しくなっており、世界の異常気象は仕事実務にも影響がある。
水質汚染問題は、日本ではほぼ解決されたが、世界ではそうではない。経済発展を望む

発展途上国では、水質汚染は進んではいるが、解決への余裕はなく関心は薄い状態だ。

 

 

一定の経済成長を遂げている新興国では、環境破壊は無視ができない状況だ。そのため、

BRICSといわれる国々から、様々な情報と相談が寄せられる。最近、興味深いのは、

インドの聖なる川「ガンジス川」水質浄化プロジェクトが計画され、インドにそのため

のJWGインド支部が創設されることになった。

 

 

ロシアではバイカル湖やカスピ海の水質改善のプロジェクトが開始されロシアの母なる

川「ボルガ川」の水質浄化が求められている。

 

 

 

きっと、世界中にそのようなプロジェクトがあり、実行が待たれているのであろう。

全てのプロジェクトが実行され、それらに関わることができれば素晴らしいことだが、

まあ、そう上手くは行かないし、仮にそうなっても身が持たないことも事実だ。

できる範囲での活動を謙虚にじっくり行う事だろう。

 


秋の良き日、そろそろ動き出すべく何から始めるかじっくり思案だ。

昼下がりは居眠りしたいが、ゆっくりするのはまだまだ先にして、

 

これが神様ご先祖様から授かった仕事と思い頑張ります!!

 

 

うぉータン | 水辺散歩 | 12:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

においと私

におい臭い

 

公益社団法人におい・かおり環境協会発行「におい・かおり環境学会誌 」に

論文を掲載した縁で、同誌コラム「においと私」にも寄稿したのでお読みあれ。

論文はこちら

 

日頃から「におい」や「かおり」への意識は薄い。むしろ鈍感あるいは無頓着

なのだろう。特別に嗅覚が鈍いとも思わないが、日常にて特別な悪臭や芳香に

接する機会が少ないのかもしれない。しかし、わが身の周りにも様々なにおい

が存在している。目覚めれば朝食とコーヒーのかおりで一日の始まりを感じ、

庭先の花々からの良いかおりで心が潤う。仕事場や外出先においても様々なに

おいに接し、自らもにおいを発している。自らが発するにおいは、慣れから感

じることは無いが、他人のにおいは、敏感になったりもする。ひょっとしたら

「おまえは臭い!」と感じている諸兄がいたらご容赦願いたい。

 

 


美味しい食物からは良いにおいがして、良いにおいのする食べ物は美味そうで、

食欲を刺激する。魅力的な女性からは芳香が漂い自然と近づきたくなり、煙草臭

や体臭のあるオジサンとは距離を置きたい。良いにおいからは食欲ややる気が生

まれ、その逆もある。そう考えると嗅覚による行動は思考によるのではなく、直

感による本能的行動だ。すると、においは日常行動に欠かせない要素であり、だ

からこそ意識をしていないのかも知れない。

 

 

生物に欠かせない物質として「水」があるが、水はどんなにおいがするのだろう

か。水のにおいは? と問われれば、多くの人は「無臭」と答えるのだろう。水

H2Oは無味無臭だが、実際に接する水には多くの物質が混ざり溶け込んでいる。

それら不純物により僅かながらにおいを発している。直接口に入れる飲料水でも、

その原水水質や浄化方法によってにおいが異なる。良質な水源を有する日本では、

飲料水の多くに河川水を浄化した水道水が用いられている。自治体が公共上水道

設備を設け、供給される水道の蛇口から出る水を直接飲むことができる。かつて

は都市部にて水道水の悪臭問題などが話題となったが、近年は高度処理設備の普

及が進み、都市部の水道水は改善され悪臭は無い。

 


水道の蛇口から直接飲める国は世界中でも僅かだが、その中で日本の水道水はと

りわけ安全・安心で美味しく、においが少ない。もっとも、膜ろ過などで高度に

処理された水道水はにおいもしないが、ミネラル成分等も除去され美味くもない。

水道水の美味しさを阻害する成分は、残留塩素(カルキ臭)やカビ臭だ。塩素は

殺菌のために浄水場にて添加され、法律により一定量の残留塩素量が規定されて

いる。塩素は大腸菌等の感染を防ぐために不可欠で、発生するカルキ臭は必要悪

ともいえる。カビ臭は、河川や湖沼などの藻類や放線菌により造り出されるため、

貯水池などの水質管理対策が重要となる。

 


水のにおいは無いと思いきや「水臭い」とも言われる。水商売に関わっているた

め、河川や湖沼の浅水域を胴長靴を履いて歩き回ることが多々あるが、水辺には

独特のにおいがあり水臭い。水草や藻類の発生した水域に入れば、それら植物臭

やカビ臭、水底の底質臭が入り混ざり水辺のにおいとなっている。通常の河川や

湖沼の水辺のにおいは嫌いではない。しかし、都市河川等の大量有機物流入によ

る硫化水素やアンモニア臭の発生は不快となる。水質浄化と底泥処理対策を早期

に行い悪臭対策をお願いしたい。

 

 
水臭いと言うと、人間関係における比喩的表現がある。意味は親しい関係なのに

よそよそしい、他人行儀と言うことで、由来は食物や飲物が水分が多くて,不味

い、水っぽいことからだ。水臭いと言ってもにおいとは関係なく、味が無い、味

が薄い、水のようだと言う意味だ。水にとっては良い比喩ではないが、水は多く

の物質・成分を溶け込ませ、調味料や旨味成分により味を引き立たせる万能な無

の物質である証だ。

 


水は、生命にとっても全ての物質にとっても基盤となるもので、水が主張しては

ならず、においや味があってはいけないのかも知れない。だからこそ水を大切に

しなくてはならず、水と水臭い関係になってはいけないのだろう。

 

終わり

うぉータン | ちょっと寄り道 | 15:38 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

赤壁古戦場

赤壁古戦場  散歩

 

 

赤壁古戦場気ら読む

 

鐘鼓楼を後に石段を登り、順路に則り見学路を暫く行くと諸葛亮が論戦をし

たという舌戦堂があり、さらに進み階段を下ると、大銀杏のある広場に出る。

 

 

広場には、後に蜀の軍師中郎将となる龐統が孫権・劉備軍から距離を置くため

金鸞山中腹に居を構えていたという鳳雛庵がある。龐統は赤壁の戦いの頃は孫

権軍の顧問的な役割にあり、孫権軍に属しておらず陣中ではなく鳳雛庵に待機

したという。長江沿岸の赤壁は、周囲には赤壁山、南屏山、金鸞山の3つの山

が連なり、対岸から押し寄せる曹操軍に対峙し陣を張るのに適していたのだ。

 

 

 

広場から階段を下ると史実を模した様々な構造物や彫像などが設置されている。

赤壁の戦いにおける孫権・劉備軍の勝因は、いくつかあるが最大の勝因は「火

攻め」を行ったことだ。火攻めを成功させたのは赤壁から対岸の烏林へと追い

風となる非日常の東南風が吹いたことで、諸葛亮が赤壁にある南屏山の拝風台

で東南の風が吹くよう祈ったという。諸葛亮は天文学と地理に通じていて冬至

の前に東南の風が吹く日があることは知っていたといわれる。

 

 

 

赤壁モニュメントの前でポーズをとるのは呉(孫権)軍の武将周瑜。三国志

では諸葛亮をはじめとした蜀(劉備)軍の武将たちが有名だが、実際の孫権

・劉備軍の主力は周瑜を総司令官とする呉軍である。

張飛

 

 

長坂橋で奮戦する張飛。劉備軍は長坂橋で曹操軍に敗北を喫すがこの戦いでは、

趙雲が単騎で曹操軍に討ち入り劉備の長男である阿斗(後の劉禅)を救い出した

後に長坂橋で張飛が追撃してくる曹操軍を撃退した。

 

 


諸葛亮が東南の風が吹くのを祈ったその南屏山に拝風台という建物が建てられ、

劉備、関羽、張飛、諸葛孔明の劉備軍の英雄4人の彫像が祀られている。

ここにも主力の孫権軍が、祀られていないのは、中国で最も読まれている小説

『三国志演義』が、蜀を中心に書かれてるからだ。そんな三国志演義から書か

れた三国志を読んだ日本人も蜀びいきが多い。というよりは正確な歴史として

の三国志は読む機会がなく蜀の武将しか知らない。

 

 

拝風台から南屏山を下ると、アオコでキレイ?な緑色の池がある。池の辺で話し

合うのは諸葛亮、正面には諸葛孔明が発達させた機械式弓を放ったという射箭台

がある。船上には兵士を模したわら人形が並び、ここから弓を放ったのだろう。

 

 

 

さらに進めば、長江を望む高台へと出る。正面には長江を横目でにらむ周瑜の

巨大な像がありこの場所が「赤壁」といわれる場所だ。展望台を下れば長江の

岸壁に赤く書かれた赤壁の文字、正しくここが赤壁、対岸が曹操軍が陣を張っ

た烏林だ。赤壁の直ぐ下まで水位の跡があることから、長江が増水するとこの

文字が隠れてしまうほど水位が上がるのだろう。増水時に訪れると、せっかく

の赤壁の文字が観られないこともあるらしい。

 

 

 

長江には、大型船が行き交い複層式自動車運搬船等や貨物船、沿岸には浚渫船

があることから川砂を浚渫しているようだ。

赤壁の高台から、階段を下れば呉の水軍が陣を張ったという広場がある。対岸

の曹操軍を見張り台や、兵士の住居を模したのかテントが何張りかあるがどれ

も大したものではない。見張り台にもハシゴで上れるが危なそうだし、面白そ

うなアスレチック擬きもあるが、どれも安全への配慮は全くされていない。

ここで事故に遭ってもしかたないので「君子危うきに近寄らず」である。

 

 

 

騎馬兵の戦いや曲乗りを見せるための乗馬場が現れる。乗馬体験ができ熱心に

勧められるので、遊び心から挑戦することに!?日本の乗馬体験は手綱を係員

が持ちパカパカ歩く程度のものだが、中国の乗馬体験は違う。馬にまたがり係

員に引かれて乗馬コースに入れば、係員は馬を反転させるとその勢いにて一気

に疾走させる。結構の速さで乗馬場を一周するので、振り落とされぬよう真剣

になる。馬は利口なもので一周すれば元の場所に戻る。落馬したらどうしよう

という思いもあるにはあるが、ついつい面白く2回も乗ってしまい、君子危う

きに近づいてしまった。まあ、怖がっていては楽しめない、これも中国流儀だ。

 

 

 

乗馬を楽しみ、曲乗りショーを観た後は出口へと向かう。テーマパークの出口

付近には、赤壁の時代の呉軍の砦が再現されていて、入口となる橋を渡り城壁

沿いを進み城門を潜ると、赤壁塔と呼ばれる7階建ての物見塔が現れる。高い

ところには登りたくなる習性があるので元気を出して登ることに、最上階から

は長江を望み、先ほど乗馬した乗馬場等園内を一望にできる。

 

 

 

出口付近には金城の陣といわれる建物群がある。金城の陣は十重二十重に防御

線を作って城の中にまた防衛措置を作る小城郭、落とし穴、狼の牙のようにと

がった扉など、難攻不落の陣といわれた。内部の兵站倉庫に位置するエリアは、

観光客の買い物目当て土産物屋となっているが、ここも閑散としている。

 

 

 

いよいよ出口となり駐車場へ戻る。実際の赤壁の戦いがどのように行われたの

かは、定かではないが、三国志好きとしては、この古戦場を観ることにより、

当時を想像するには十分だった。

 

 

赤壁の戦いが実際にはどのように行われたのか、何処で行われたのかは諸説あり

はっきりしていないようだが、三国時代に孫権、劉備、関羽、張飛、諸葛亮等の

武将達が曹操と争ったのは間違いないようだ。赤壁の戦いで敗れた曹操は北部へ

逃げ帰り、その後に華北を支配する王朝を創設した。

帰ったら吉川英治「三国志」全10巻を読み直そう!?

そんな気にさせてくれた赤壁古戦場観光でした。 また

うぉータン | 中国 | 15:16 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

赤壁古戦場

赤壁古戦場観光

 

湖北省武漢へ靴ら読む

 

武漢市は、三国志の舞台として多くの史跡や遺跡が残る観光名所でもある。
中国では、東漢時代の末期、魏、蜀漢、呉の3つの国に分かれ互いに対立

していた。この時代が三国時代(180年頃−280年頃)と呼ばれ三国志は

この時代の歴史を述べた歴史書だ。

 


三国時代の黄武二年(223年)呉の孫権は黄鵠山の川の側に夏口城を築き、

大部隊を配置したため周辺に商人が集まり都市が形成された。この場所を

孫権が「武運昌盛」の意をこめて武昌と命名したと伝わり、その内に造っ

た展望楼が現在の観光名所「黄鶴楼」だ。

 

 

三国志の名場面「赤壁の戦い」は、のちの魏の礎となった漢の丞相の曹操

が、北部を平定した後、南部も制圧するた大群を率いて領土拡大を図った

ことで起きた。曹操の攻撃にて孤立した蜀漢の劉備は軍師の諸葛亮(孔明)

を、呉の孫権へ使者として派遣した。孔明は孫権の総司令である周瑜と意

気投合し、2つの勢力は共に曹操と戦う同盟を結ぶ。孫権は周瑜・程普ら

数万の水軍を劉備の救援に派遣し、長江を下る曹操軍と「赤壁」で一戦を

交えることになった。孫権・劉備軍は、孔明が追い風となる東南風を予測

し「火攻め」により、3万の兵力で30万の兵力の曹操軍を撃破した。

 

 

これが三国志の中心史劇として多くの文学、演劇、映画でも語り次がれて

いる「赤壁の戦い」だ。吉川英治の「三国志」は歴史小説として、面白く

ジョン・ウー監督の映画「レッドクリフ」で一躍有名となった。

そんな赤壁観光に行くことになり、これだけでも武漢にきた甲斐がある。

 

 

武漢が三国志の舞台であることは知っていたが、さすがに赤壁までは行け

なかった。今回、湖北大学教授の好意にて行けることになり嬉しい限りだ。
とは言っても、赤壁の戦いが実際にはどこで行われたのかは武漢より上流

と言うくらいしか知らなかった。調べてみれば赤壁古戦場は武漢市の南西

直線距離で約105kmほどの湖南省との省境にある湖北省赤壁市にある。

高速鉄道でも最寄りの駅「赤壁北」まで行けるようだが、車で2時間ほど

の距離らしく、遅い朝にホテルまで迎えの車が来て出発だ。11月にはめず

らしい晴天無風の観光日和にも恵まれ幸先も良い。

 


高速道路を1時間ほど走り一般道に降りてそろそろ到着かと思っていれば、

突然脇道に入りどこへ行くのかと思えば、田舎の食堂で食事をするらしい。

自家取りの農作物や魚を調理し出す店があるようだ。ところが、最初に入

った店は調理人がいないため食事ではなく山に入りミカン狩り、日本で言

う観光農園だ。農薬は心配だったが食べてみれば思ったより甘いミカンだ。

 

 

思わぬミカン狩りを早々に引き上げ、山道を行き次の店を探すと、湖畔に

人だかりのする店を発見。こんな場所のひなびた店に中高年の多くの客が

いるのにも驚きいたが料理は美味く、高級料理より口に合うかも知れない。

 


昼食の後は、山道を戻り赤壁古戦場へと向かう。道幅だけ広い田舎道を行

くと、突然広い駐車場に着く。赤壁古戦場は、テーマパークとなっていて

駐車場の向こうには巨大な城門があり、その前には中国らしく広〜い広場

がある。その広場に観光客は数人しかおらず閑散としている。聞けば10月

の国慶節の休暇には混雑したが、それ以降は観光客は少なく、日本からの

観光客も少ないようだ。空いているのは幸いであり、ゆっくりと見ること

ができる。

 

 

早速、城門入り口から入場すると正面に現れるのが巨大な神武台が現れる。

幅26m、奥行8m、高さ12mのステージで、銅製の壁には虎の絵が彫られ、

この神武台の上から周愉が兵士の訓練をチェックしていたといわれ、赤壁

の戦いの前夜に、孫権・劉備軍の兵士たちが生死の契りの儀式を交わした

と伝えられている。

 


神武台から左手に向かうと、広場に演舞場があり、観光シーズンには周瑜

や諸葛孔明による閲兵式や演劇が催されるようだが、今は閑散としている。
広場の奥には、船着き場があり左右の城壁と、正面の城門に往時の水軍の

模様が想像される。冷めてみればよくこんなテーマパークを造ったな思う

が、赤壁の戦いを思うには十分であり、こんな巨大施設を造れるのはさす

が中国だし、閑散でも経営破綻しないのが中国だ。

関羽

張飛

孔明

 

広場から、いよいよ場内散策ルートに入っていく。先ずは鐘鼓楼があり、

その奥には財神殿がある。財神殿に奉られているのは関羽、張飛、孔明の

三人で、主人公は商売の神様と知られる関羽だ。関羽は武将としても有名

だが、義に厚いとされる事から財神、商売の神として中国を始め華僑によ

り世界中の中華街に関帝廟として祭られている。

張飛ガンダム(正面)

(後面)

 

ただ、鐘鼓楼の前にドーンと構えるのが張飛を模したガンダム?。これは

いらないだろうと思うが張飛ガンダムキャラもあるようで、こんなものも

造ってしまうのが中国だ。商標問題はさておき、史実と空想の英雄を一緒

にしてしまうところが???。

 


張飛ガンダムに圧倒されたところで長くなったので一休み、続きは赤壁兇如
 

うぉータン | 中国 | 12:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

湖北省武漢へ

湖北排水処理

 

湖北省武漢へ兇ら読む

 

武漢2日目は下水処理場の視察だ。2箇所の都市下水処理場と薬品工場廃水処理

設備を視察して問題解決提案を求められている。ホテルに迎えがあり車にて出発、

行き先は知らされていないが身を任せるしかない。約1時間30分の行程で着いた

のは、武漢中心部から80kmほど北方にある孝感市孝昌県の都市下水処理場だ。

 

 

中国の行政区分を説明すると先ず省級、地級、県級等の都市が定められ、その市

の傘下にいくつもの区や市や県がある。日本の県の中に市がある行政区分と異な

るため、ややこしくて解りづらい。因みに武漢市は副省級市で、武昌区はその市

街区だ。孝感市は湖北省の地級市で孝昌県はその市中にある。

 

 

孝昌県下水処理場はオキシデーションディッチ法(OD法)の合流式下水処理場、

処理量:30,000㎥/日。OD法は酸化溝法とも言われ長く、浅い酸化槽(水路)

にて長い滞留時間、曝気を行い維持管理が容易という利点があるが、面積が必要

なため国土の広い中国で多く見らる古典的処理方法だ。現在は中国中信集団公司

グループ企業の一つ中信環境水務有限公司が運営を行っている。中国中信集団は

国営中央企業で中国最大級の産業・金融の総合コングロマリット(企業集団)だ。

中国共産党との関係も深く伊藤忠商事が巨額の出資を行ったことでも知られる。

 

 

そんな中国の大企業が地方の下水処理場運営まで手を出している事に驚かされるが

それだけ環境事業分野が巨大であり利益の源泉となるのであろう。そんな中信傘下

の下水処理場にて技術採用されれば、市場は大きく利益も見込めることから大学も

企業も熱心なのだ。

 

 

下水処理場は古典的なOD処理方式であり、問題は汚泥処理と脱窒だ。以前に、

武漢市内で視察した下水処理場もOD法だったので、どうもこの辺りで流行って

いるらしい。中国というのは可笑しなもので、一つ良いと思ったら他も全て同じ

に作ってしまうようだ。隣地には、工業廃水処理場が建設予定で概要が標示され

こちらの処理方式は高度処理を取り入れ、OD+MBRだ。

 

 

下水処理場視察は終わり次は湖北省一?の漢方薬工場に行くことに。漢方薬工場

の廃水処理は高濃度廃水でありUASB法嫌気処理を組み合わせた高度処理を行っ

ている。高濃度廃水のため処理工程も複雑で改善は何ともいえないが、良かった

ことは、この漢方薬工場にて製造している「マカ」をお土産に貰ったこと。マカ

と言えば強壮剤として効果的でかなり高価らしい。まあ特に必要とも感じないが

飲めば何となく強くなった気がしてくる。お試しご希望のご婦人はぜひ挑戦あれ!?

 

 

 

 

これで午前中の視察は終わり下水処理場長と漢方薬工場の社長と一緒に昼食だ。

孝昌県市街地の料亭にて、中華料理をたらふく食べ満足。

 

 

腹一杯の中華料理を食べた後は、さらに40kmほど北方にあるの広水市へ向かう。

広水市は、地級市の随州市に位置する県級市で市の中に市がある。

広水市下水処理場へ到着して、休む間もなく早速視察を行う。

 

 

ここもOD法の合流式処理場で処理量50,000㎥/日で中信集団の運営のようだ。

そして二つの下水処理場とも湖北大学の看板が掛かっていることから、関係が深

く処理場長と教授は懇意らしい。この下水処理場も増設中で、既設のOD槽の隣

に、全く同じ形式のOD槽があり試運転中であった。ここも汚泥処理が問題とさ

れ、汚泥の含水率を下げるため苦労している。既設のベルトプレス脱水機では機

能しないためフィルタープレス脱水機2台を増設する計画だ。

 

 

そんな処理方式はさておき、新規処理設備の品質の悪さが気になる。建築屋とし

ては打ちっ放しコンクリート面の目違い、セパ穴の補修がいい加減、スラブ床は

均しただけで仕上げていない等々が許せない。これで許してしまうのが中国の技

術レベルなのだから、この処理場で高度な水処理ができるとも思えない。

 

 

中国で本当に必要なのは、高度処理ではなく、普通の設備を、普通に作り運営す

る普通の技術なのだ。もっとも、日本人の普通が中国ではとても高度なのだろう。

 

 

そんなことを考えつつ下水処理場の視察は終わり、武漢に戻るのかと思ったら、

広水下水処理場の人と晩餐をともにすることになった。

 

 

広水市内の料亭に場所を移し、中華料理のおもてなし、ありがたいようでありが

たくない。そして、再びたらふく食べ、麦酒と少々の白酒を頂き、2時間かけて

武漢市のホテルに戻る。

 


ホテルは大学側が用意をしたもので、手配の時の要望はバスタブと朝食付きとお

願いした。とかく中国のホテルにはバスタブがなくシャワーだけのところが多い。

5星クラスならバスタブ付きが多いが、4星だと無い場合も多い。夏ならばシャ

ワーだけでもかまわないが、寒い季節は湯槽で温まりたいのが日本人。そんなこ

とで、ホテルの部屋にはバスタブがある。あるにはあるが、場所はベット横の窓

側だ。こんな配置のバスタブ付きの部屋にも以前、杭州で泊まったことがあるが、

全く使いづらい。宿泊目的が他にあればこの配置も悪くないが、ビジネスでの一

人部屋には不便なだけだ。まあ、これも中国楽しみたい。

 

 

武漢の公式行事はこれで終了で、視察という名の観光に案内してもらったので

次にそのご報告を。武漢と言えば三国志、三国志といえば「赤壁の戦い」だ!?

 

赤壁古戦場気

 

 

うぉータン | 中国 | 12:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

湖北省武漢へ

湖北大学仕事

 

湖北省武漢へ気ら読む

 

LCCでもほぼ定刻に武漢天河空港に到着。武漢は何度となく来ているが日本から

の直行便で国際線Terminal到着は初めてだ。武漢市は長江の水運により栄えた華

中地域の中心都市で、近年では自動車製造業の工業団地ができ発展し続けている。

しかし、まだ国際航路は少なく、国際線Terminalはこぢんまりとして空いており

入国手続きも時間がかからない。ただ中国の地方空港の入国管理官はどこも無愛

想で歓迎という態度ではない。これも中国、時の経過と共に変わっていくだろう。

 

 

殺風景とした到着ロビーにでると、約束通り名前札を持ったホスト役の湖北大学

教授が出迎え車にて武漢市内に移動する。今回は大学からの招聘で全てお任せだ。
車中にて、日本留学経験のある教授より本日及び滞在中の日程の説明があり今日

はこれから湖北大学に行き歓迎会談と講演会、夜は歓迎宴会があるようだ。

できれば、ホテルに行って休みたいが、招聘された身としては任せるしかない。

 

 

湖北大学は武漢市武昌区に在り、1930年に創設された省属(公立)の4年制総合

大学。国際間での他大学とのつながりに重点を置き、日本を始め米、英、豪など

の100を超える大学および研究機関と情報交換・共同研究など行っている。

 

 

大学ランクとしては、常に中国10位以内の武漢大学に比べて下回るが、反面海外

から学ぼうとする態度は積極的のようだ。最も、今回も自分に話のある位だから、

きっと日本中いや世界中の環境企業や大学に声をかけているのだろう。

 

 

武昌区は長江の南(東岸・右岸)に位置し、武漢大学を始め他の多くの大学が在り

東湖や沙湖等の湖沼、黄鶴楼などの歴史遺産、湖北省政府等の国家機関も存在する

武漢市の政治と文化の中心地域である。空港から武昌区へは高速道路で40〜50分

程の距離で長江は武漢第二橋を渡るのが常道。第二橋は武漢大学を訪れた際にも何

度となく渡っているが、橋から眺める長江は相変わらずの大河で悠然と流れている。

行き交う船舶も多く中国の経済はまだまだ盛況であることが解る。ただ、水は相変

わらず濁り、汚いことにも変わりない。

 


湖北大学に到着すると、資源環境学院(学部)に案内され学院長との会談にて歓迎

の意や大学の紹介や湖北省の環境汚染現状の説明が行われ、環境改善技術の協力要

請を受ける。まあ、感謝の意や要請はお決まりとして、肝心なのは具体的な実行と

資金投資であり、それがなければ掛け声だけで終わる。それでも、熱心に語る姿を

見ると環境汚染の深刻さと、環境改善の事業化を図りたいことは伝わる。大学名の

入った記念品や中国土産まで貰ったが、こちらからは成田で買った東京バナナ1箱

では少なかったかなともちょっと反省。

 

 

会談が終わると、講演をするために会場へ案内される。事前に講演依頼はあったも

のの、学生相手に何を話せば良いのかと悩みもしたが、日本語で話すのだからいつ

も通りの話をするしかない。会場はちょっと大きめの講義室で既に200人位の学生

と先生方が待っていて、日本語学科の学生や日本よりの留学生も居るようで日本語

での挨拶も受ける。

 


講演では技術紹介と中国での活動状況、愛水運動などの参加募集を行った。公演後

の質疑応答では、日本語の話せる学生が通訳となり、熱心な質問と討議が行われ中

国学生の一生懸命さが伝わる。この気持ちを何時までも持ち続けて欲しいもの。

講演と質疑応答で2時間程、18時頃に講演会が終了。そろそろホテルにて休みたい

が、休む間もなく晩餐会場へ行くらしい。朝3時起床の強行軍でクラクラするが、

せっかくの歓迎会を断るわけにもいかない。日本からの訪問だからと、東湖沿岸の

高級料亭を予約しているらしく、行程も時間がかかり到着したときにはダウン寸前。

 

 

しかし、湖面上に設けられた席にて食すちょっと辛い湖南料理は美味く、食の進む

ほど、アルコールの回るほど調子を取り戻し久しぶりの中華料理を楽しんだ。

日本語の話せる学生1人と、日本からの留学生2人も参加して楽しい宴席であった。

留学生は横浜と新潟から来ていたが、中国に来て以来初めて本格的な豪華中華料理

を食べられ上機嫌、これから日中関係がどうなるかは解らないが、若者が交流する

ことは良いことだ。宴は盛り上がったが、それでも用意された白酒は丁重にお断り

して、早めに切り上げ、ホテルに戻り23時にチェックイン。

LCCの機内で多少ウトウトしたものの、休まった気はせず、本当に長い一日だった。

 


ホテルは、湖北大学から2〜3km離れたより愛家国際華城という住宅団地の入り口

にある。こぢんまりしたプチホテルという感で周りに繁華街などが無く静かで良い。

 

 

 

街路は一見オシャレにはできているが、遊歩道には洗濯物が干してあり、道端では

卓球に興じる人たちが居る、これが中国だ。

長い一日を書き出したら文章も長くなったので、今日はこれで一休み、続きは!?

 

湖北省武漢へ靴愨海

 

 

 

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